2011年4月13日水曜日

「一難去るどころか」(2011年4月)

 大地震から1ヶ月が過ぎました。多くの方が亡くなり、また多くの方が行方不明となっています。原発の問題、今後の生活の問題等、日が経つにつれ被害が広がっています。
あらためて被災者の方にお見舞い申しあげます。

 世界中の100を超える国々から大震災への援助の手が差し伸べられています。有難いことです。感謝の気持ちでいっぱいです。
 しかし一方で放射能汚染への不安から、日本の食品ばかりでなく工業製品にまで輸入禁止もしくは輸入規制の動きが広がっています。
 EUは被災地を含む12都道府県の食品について放射線値の測定を求めてきたそうです。
全量検査など物理的にできるはずもなく、日本の農水省はEUの言いなりに、事故以前の生産物である証明書か12都道府県以外の産品である証明書の発行を各都道府県知事に指示をしています。
「こんなのありですか?」
原発から数百キロも離れた産地からの輸出規制に加担することが国民のために、日本国のためになるのですか?
 国が防波堤になって国益を守ってくれないと、外圧という大津波に日本は沈没してしまいます。
 資材が届かないから西日本の建築業や製造業の稼働が落ち込んでいます。自粛、自粛で客数が大幅に減少し、外食産業は悲鳴を上げています。とんでもない大不況がやってくるとの予測もされています。
 一難去るどころか大きな「国難」がやってきています。
 地震から1ヶ月後の4月14日に上京しました。羽田空港もJRの駅も電車内も暗い。
エスカレーターも止まっている。日帰りだったので夜のネオンがどうだったか分かりませんが、今までが明るすぎたんでしょうね。萎縮するつもりはありませんが、こういう節約マインドは必要だと思います。
 こんな話を聞きました。
東日本海側の冷凍米飯の会社。地震後の停電で在庫や仕掛品がボツになり、損害が出たうえに製造ができず某外食産業向けの商品を欠品してしまった。なんとその外食企業は欠品に対してペナルティの支払いを要求してきた!!またその冷凍米飯の会社は太平洋側にストックポイントを置いていたが、その商品も全部ボツ。しかし保険金は一切出ないと言われたそうです。
 また米穀業界では米どころ東北で、津波やその後の放射線等の問題で相当な面積で23年産米の作付けができない、できるとしても田植え・収穫が1ヶ月遅れるということで、出来秋の新米不足が予測され、更に大手卸が玄米の売却をストップしているという噂も流れ、玄米市場はミニパニック状態です。ある量販店の米担当バイヤーは「こしひかりが値上がりするなら消費者は買わないよ。ブレンド米でいいから安い米しか売れなくなるよ。」とキッパリ。政府米や集荷円滑化資金で買い入れた22年産米など、米はあります。ここは冷静に冷静に。
 悲しい話はキリがありません。優しい気持ちでこの「国難」に対応したいものです。

 わが社は年末年始が最も多忙な時期なので忘年会・新年会ができず、毎年春に懇親会を開きます。先日(4月15日)某ホテルの一室で開催しました。冒頭で亡くなった方、行方不明の方に思いを込めて黙祷しました。茨城県の被災された蔵元さんの日本酒を持ち込み、、また幹事が気を遣い今回のビンゴゲームの景品は全て被災地の特産品を用意してくれました。味な事やるね!蛇足ながら私(片山)がビンゴゲーム一等賞!
 被災地への支援は長期間続けなければなりません。これからも無事に仕事ができることへの感謝の気持ちと、応援の気持ちを持ち続けたいものです。元気出していきまっしょ!
(カイドウがまもなく満開 2011年4月中旬 片山芳孝 記)

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